
杉浦日向子の『百物語』は文句なしに面白かった!
ので、このマンガも手にとってみた。
まあ、特にあれこれ言うことないです。
面白かったです。
どんな時代でも、こういう男がいると安心するね。
杉浦日向子の他の江戸ものを読んでみたいね。
このマンガも職場近所の町立図書館にあったんだよなあ。
素晴らしいです。
「コンサバな生き方はバカを作ると思ってた。」(加賀まりこ) バカにならないための毎日の備忘録。
『猫楠』とは、これまたなんとすばらしい迫り方だっただろうか。熊という語は、あまりにも民俗学的な意味を担いすぎていて、熊楠自身、ときには気楽に生きたいと思うこともあったろう。ハメが外れたときのクマグス、そこに彼の人格の愛らしさ、おかしさがあった。それを「猫楠」なるタイトルに象徴させたところなどは、まことに心憎い構成である。
また、そのすてきな題名と同時に水木さんが選び出したのが、リテレートなる心躍るキーワードだった。日本では久しく聞かなかったこの語は、<民間学者>をあらわし、<文士>を意味する。それもただの学士や文士ではない。飯の心配にわずらうことなく、学に遊び、しかも人に敬愛の上を抱かせずにおかぬ者。これならば、ややもすると独善の匂いをただよわすエキセントリックなる語よりも、ずっと熊楠の本質を衝いている。もちろん、理と識の妖怪は世界の諸相を理解するのではない。はじめから知っている(リテレート)のだ。これぞ<脳力(リテレート)>と断じてよい。ミズキさんが描いたのは、そういう妖怪のなつかしい生涯なのである。